写真家は数百年の光の中を分け入っていく。
生きることの重みを感じる時、私はいつもあの黄昏の耦園を思い出す。
夕陽は窓の格子を通して広間の青い敷石に入り組んだ模様を描き、
柘榴の老木に咲く数輪の赤い花を照らしている。
薄暗い池を渡るジグザグする石橋の隣、池のほとりの石欄には混沌とした光の中で、
祖母がまだ静かに座っているように見える。
(巻末テキスト/薛晓诞『私と庭園』)
中国、蘇州。「この世の天国」とも称されるこの土地には、170の私邸庭園が現存します。
多くは、明(1368~1644)、清(1616~1912)の時代に、
官職を退いた士大夫(しだいふ...科挙官僚・地主・文人の三者を兼ね備え、政権の中枢を担った人たち)によって、
公共事業ではなく個人の趣味として作られ、
家族や友人たちとともにたのしむ小さな隠逸の場=クローズドな空間として利用されました。
現在は9ヶ所の庭園がユネスコ世界遺産にも登録され、市民や観光客に向けて一般公開されています。
富澤はこれらの庭園を、現代蘇州のひとつの風景として軽やかに写し取っていきます。
何百年も前に、仙人が住まう理想郷に憧れこの世に仙境を再現するために築かれた庭園で、
今を歩むひとりの写真家と、桃源郷に夢見た士大夫の視線が交錯していきます。
巻末には蘇州出身の薛晓诞による書き下ろしエッセイ『私と庭園』を掲載。
現代の蘇州の人々にとって、そして薛自身にとっての、
庭園とはどういう存在なのかをうかがえる文章となっています。



